大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)884号 判決

本店所在地

東京都台東区柳橋二丁目四番一号

内田オウナー株式会社

右代表者代表取締役

内田渙一郎

本籍

東京都台東区蔵前三丁目一〇番地三

住居

同 文京区大塚二の四の八の一二〇三

会社役員

内田渙一郎

大正一一年四月一〇日生

右内田オウナー株式会社に対する法人税法違反、内田渙一郎に対する所得税法違反、法人税法違反各被告事件について、昭和四九年三月八日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人両名に対する有罪部分を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点について。

所論は、原判決は、所得税法二三八条及び法人税法一五九条の逋脱犯の逋脱税額算定に関する限り、確定申告をするにあたつて青色申告の承認に基づいてした価格変動準備金などの必要経費又は損金算入は、事後の青色申告の承認の取消によつて左右されるものではないと判示しているが、この判断は、高等裁判所の判例(東京高裁昭和三八年(う)第二九五八号同三九年三月二六日判決、東京高裁昭和四一年(う)第一〇五四号同四四年一月二一日判決、東京高裁昭和四一年(う)第一〇九号同四五年二月二五日判決・高刑集二三巻一号一八二頁、東京高裁昭和四五年(う)第一一三三号同四六年一二月二二日判決)に違反するというのである。

原判決が示している所論の趣旨の判断は所論引用の各高等裁判所の判例と相反しており、かつ、原判決言渡当時最高裁判所の判例がなかつた場合であるから、所論は、刑訴法四〇五条三号にあたる。

ところで、青色申告の承認を受けた者又は法人の代表者がある年又は事業年度において所得税又は法人税を免れるため逋脱行為をし、その後その年又は事業年度にさかのぼつてその承認を取り消された場合におけるその年又は事業年度の逋脱税額は、青色申告の承認がないものとして計算した所得税法一二〇条一項三号に規定する所得税額又は法人税法七四条一項二号に規定する法人税額から申告にかかる所得税額又は法人税額を差し引いた額であると解すべきである(最高裁昭和四七年(あ)第一三四四号同四九年九月二〇日第二小法廷判決参照)。

そうすると、所論引用の各判例のこの点に関する結論は正当であつて、論旨は理由があり、これと相反する判断をした原判決(被告人両名に対する有罪部分)は、その余の論旨に対する判断をするまでもなく、破棄を免れないというべきである。

よつて、刑訴法四〇五条三号、四一〇条一項本文、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

検察官 外村隆公判出席

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一)

○昭和四九年(あ)第八八四号

被告人 内田オウナー株式会社

代表者代表取締役 内田渙一郎

同 田中末久

同 内田渙一郎

検察官の上告趣意(昭和四九年五月二九日付)

原判決は、頭書各被告事件につき、一審判決を破棄し、被告人内田渙一郎に対する昭和四六年三月八日付起訴状第一の一の公訴事実(昭和四二年分の所得税逋脱の公訴事実)は無罪とし、その余の事実については所得税および法人税の逋脱額を減額認定して有罪の判決を言い渡したが、右のごとく逋脱額を減額認定するに至つた主な理由は、青色申告の承認を受けた本件被告人らが所轄税務署長から青色申告の承認を取り消され、さきに確定申告に当たり必要経費あるいは損金算入の処理をした貸倒引当金繰入額あるいは価格変動準備金積立額などが、必要経費あるいは損金として認められないこととなつたため、課税所得額もこれに応じて増加することになるが(正確には増加というべきではなく、青色申告による特典が否認される結果特典のない状態に戻るというべきであるが、現象的には課税所得がふえることになるので、わかり易い増加という表現を用いることとする)それは徴税面においてそうなるというだけであつて、その増加を確定申告時に成立する逋脱犯の逋脱税額の算定に当つて考慮すべきではないとしたためであつて、これは従来の高等裁判所の判例と相反するばかりでなく、所得税法二三八条一項および法人税法一五九条一項の解釈適用を誤つた違法があり、いずれの点からしても原判決は破棄を免れないものと思料する。

なお、原判決の認定した逋脱額が第一審の認定したそれよりも少なくなつた原因として被告人内田渙一郎の昭和四三年度分の所得税逋脱額算定に当り前年分の貸倒引当金の繰入額および価格変動準備金の積立額を総収入金額に算入すべきであるのにそれをしていない点があげられるが、なぜ算入しなかつたのか理由を示されていないので、この点にも原判決の誤りのあることを指摘するにとどめ、上告理由としてはもつぱら青色申告承認取消の逋脱額算定に及ぼす効果如何の点を論ずることとする。

第一 一審判決の要旨

原判決によつて破棄された一審判決(検察官において上告の対象としなかつた被告人内田渙一郎に対する昭和四二年分の所得税逋脱の事実を除く)は

「一 被告人内田は、東京都台東区柳橋二丁目四番一号においてネクタイ止、カフスボタン等の金属洋装雑貨の製造販売等を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと介て、売上の一部の売上を除外し、架空仕入を計上して架空名義の定期預金を設定したり、期末たな卸商品の一部を除外する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和四三年分の実際課税総所得金額が二七、三八〇、〇〇〇円であつたのにかかわらず、同四四年三月一五日東京都台東区蔵前二丁目八番一二号所在所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、課税総所得金額が七、八一〇、〇〇〇円でこれに対する所得税額が二、五四一、九〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて同年分の正規の所得税額一三、五一九、九〇〇円と右申告税額との差額一〇、九七八、〇〇〇円を免れ

二 被告会社内田オウナー株式会社は、東京都台東区柳橋二丁目四番一号に本店を置き、金属洋装雑貨の製造販売等を目的とする資本金三、〇〇〇万円の株式会社であり、被告人内田は右会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人内田は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、架空経費を計上したり期末たな卸商品の一部を除外する等の不正な方法により所得を秘匿したうえ、昭和四四年一月九日から同年一二月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が一四、一二二、二二三円であつたのにかかわらず、同四五年二月二七日前記所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一八五、四一七円でこれに対する法人税額が零である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の正規の法人税額四、五七六、三〇〇円を免れ

たものである。」

との事実を認定したものである。そして、右の各逋脱税額の算定に当つては、各青色申告承認の取消を受けた結果、貸倒引当金繰入額や価格変動準備金積立額などの必要経費あるいは損金算入が否認されて、必要経費あるいは損金とされなかつた分も基礎としているのである。

すなわち、被告人内田渙一郎は、昭和四三年分の所得税確定申告において貸倒引当金繰入額五、七七三、八九九円および価格変動準備金繰入額二、九六一、〇〇〇円を、被告会社は本件事業年度の法人税確定申告において価格変動準備金積立額九〇〇、〇〇〇円をそれぞれ必要経費あるいは損金に算入していたところ、被告人内田渙一郎については昭和四二年分から、被告会社については本件事業年度から各青色申告の承認が取り消された結果、前記必要経費あるいは損金算入を否認して税額を算定したのである。

第二 原判決の要旨

右の一審判決に対して、弁護人から量刑不当を理由に控訴の申立がなされたところ、原判決は、職権をもつて、一審判決が前記各青色申告の承認取消によつて必要経費あるいは損金算入が否認された分を所得税、法人税の逋脱税額算定の基礎としたのは所得税法二三八条一項および法人税法一五九条一項の解釈適用を誤つたものであるとして破棄自判したのであるが、その理由とするところは

「確定申告にかかる所得税および法人税逋脱の罪は、偽りその他不正の行為により納付すべき税額を申告納付しないで、納付の期限を経過したときに成立するものであることは明らかである。したがつて、その犯罪の成否および犯罪の量(逋脱税額)はその時点における納付すべき正当な税額と確定申告にかかる税額との差額によつてきまるものといわなければならない。その差額が零であれば、逋脱犯は成立しない。前者(正当税額)が後者(申告税額)よりも多額であるときは、逋脱犯が成立する。その犯罪の量は、その差額である。犯罪の不成立または成立およびその犯罪の量はこの時点で確定する。したがつて後になつて、犯罪でなかつた行為が犯罪となつたり、あるいはすでに成立した犯罪の量が増減したりするというようなことはありえないのである。それ故青色申告の承認を取り消すという行政処分の遡及的効力も過去に遡つて逋脱犯を成立せしめ、または、既に成立した過去の逋脱犯の犯罪の分量を増大せしめることはできないのである。

青色申告の承認を受けた者が確定申告する際、価格変動準備金などを必要経費あるいは損金に算入することは法令上認められた行為である。したがつて確定申告後右承認が取り消された結果、価格変動準備金などの必要経費あるいは損金算入が否認され、これに応じて所得額が増加し、したがつて税額もまた増加したとしても、そのことは前段説示のように、所得税や法人税の逋脱という犯罪の成否またはその分量を過去に遡つて左右すべきものではなく、それは徴税上行政法上の問題にすぎないのである。それのみでなく、その増加した部分は(青色申告者が偽りその他不正の行為によつて税を免れようとした場合には、その承認の効力は消滅し、税務署長の取消は単なる確認行為に過ぎないとでも解するのは別として、当裁判所はこれを否定する。)確定申告当時において存在しなかつたのであるから逋脱のしようがないのである。そういうわけで、前記の価格変動準備金などに関しては逋脱犯は成立しないというべきである。」

というのである。

第三 判例違反

いわゆる青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額を、逋脱所得算定の際加算しうるか否かについては、いまだ最高裁判所の判例はないが、これを積極に解したものとして次の四つの東京高等裁判所判決があり、原判決はこれを消極に解した点において高等裁判所の判例と相反する判断をしたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄せらるべきものと思料する。

一 昭和三八年(う)第二九五八号昭和三九年三月二六日東京高等裁判所第一〇刑事部判決は、いわゆる青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額は、「専ら税務計算上発生するものであつて、これまで逋脱の犯意を認め刑責を科したのは法令の適用を誤つたものである」という弁護人の主張に対し、「原判決が(弁護人の主張に対する判断)欄において説明しているように、粟田修治の検察官に対する昭和三八年一月一七日付供述調書によれば、同人は、本件申告当時被告会社が青色申告書提出承認を受けていた事実並びに不正申告をすれば右承認を取り消され、これに基く恩典を失うことを認識していたことが認められるから、申告当時において右特典の取消にともなう右貸倒準備金および価格変動準備金の各損金算入の否認による所得増加分に対する課税をも未必的に予見していたものと認定することができる。しからば、右と同一に出で、右特典の取消による所得増額分を含んだ所得についての逋脱税額について刑責を科した原判決は正当であつて、論旨は理由がない。」と判示し、

二 昭和四一年(う)第一〇五四号昭和四四年一月二一日東京高等裁判所第一二刑事部判決は、一審判決(昭和三九年特(ゆ)第一〇〇号昭和四一年二月一一日東京地方裁判所刑事第二五部判決)の判断を支持しているが、この一審判決の要旨は次のとおりである。

弁護人が青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額につき「被告人らに逋脱犯としての責任はない。なぜなら逋脱罪の既遂時期は確定申告の時とみるべきであるから、逋脱の結果発生後に青色申告承認の取消という行政処分によつて生じた所得分についてまで、被告人において逋脱の責任を負うことはないはずであり、またその分についてまで逋脱の犯意はなかつたのである。したがつて税務行政上の措置として右青色申告承認の取消によつて生じた所得分を課税の対象とすることは格別、右所得分についてまで刑事責任を追及することは失当である」と主張したのに対し、「過少申告による法人税逋脱罪の既遂時期については、虚偽過少の確定申告をし、正当な税額を納付しないで所定の納付期限を経過したとき既遂に達すると解するのが相当であり、またその犯意については、詐欺または不正の行為により所得を過少に申告して国の法人税の収納を減少させるに至るべきこと――逋脱の結果―を概括的に認識することをもつて足りる……中略……と解すべきであり、前掲証拠によれば、被告人に右犯意があつたことは明らかである。そして逋脱の結果は、国が収納すべき正当な税額によつて決定されるべきものであり、この逋脱の結果に対し逋脱犯は刑事責任を負わねばならない。したがつて、青色申告の承認が取り消された場合には、国が収納すべき正当な税額は、価格変動準備金、貸倒引当金等の繰り入れを否認して算定される税額であるから、その税額と申告税額との差額が逋脱税額となる。けだし、青色申告の承認制度は、納税義務者が所定の帳簿に真正な記帳をすることを前提として税法上各種の準備金繰入額の損金計上等の特典が認められるものであるところ、本件被告会社の青色申告の承認は、本件逋脱の不正行為を原因として……中略……取り消されたものであり、かつ本件のような場合青色申告の承認が取り消され各種準備金繰入額の損金計上などの特典が受けられなくなるであろうことは一般に予見しうべきことでもあるから、本件逋脱の不正行為と青色申告承認の取消との間には相当因果関係があると考えるのが相当であり、したがつて被告人らが青色申告の承認を取り消された結果所得となつた分についても逋脱犯の刑事責任を負うべきは当然である。なお、このことは、逋脱罪が納期を経過した時点で既遂に達するという見解と相容れないものではない。」と判示し

三 昭和四一年(う)第一〇九号昭和四五年二月二五日東京高等裁判所第七刑事部(高等裁判所判例集二三巻一号一八二頁)は、弁護人の「法人税逋脱犯における犯意は、概括的犯意では足りず、所得の源泉である個々の取引についての具体的犯意が必要である。また税務上の是否認も所得構成上の増減をきたす重大な要素であるから、該是否認によつて逋脱所得の増減をきたすような場合、ことに青色申告承認の取消による貸倒引当金の否認などの場合においては、右是否認及びこれによる逋脱所得の増加についての具体的認識が必要であり、該認識があつてはじめて逋脱の犯意があるといい得るのである。」との主張および青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額については「各損金繰入れが税務上否認されたにすぎないから行為者が不正行為をしたものではない」との主張に対し、「法人税逋脱犯においては、各事業年度における所得は客観的には唯一つであるところ、その計算課程においては個々の勘定科目に一応分かれているものの、これは決算の過程において、客観的に唯一つの所得を算出するためのものであるから、申告所得と実際所得との差額の全部について、その差額がいかなる勘定科目のいかなる脱漏額によつて構成されているかということまで認識する必要はなく、不正経理によつて実際所得よりも過少な申告所得を算出して法人税を逋脱しているとの概括的な認識があれば逋脱犯の犯意としては十分であり、又税務上の是否認及びこれに伴う逋脱所得の増加は、あくまでも逋脱所得を算出するための手続上の作業に過ぎないのであるから、右のような概括的な認識があれば、その犯意としては十分であると解すべきである。」「本件行為者は本件起訴年度以前から不正な方法を講じていたことに徴すれば、同人のような企業経営者として、右不正行為が税務当局の調査又は査察により発見された場合は青色申告承認の取消処分がなされ、貸倒引当金等の損金繰入が否認されるであろうことは少くとも概括的にせよ当然予測できたところといわねばならない。」と判示し

四 昭和四五年(う)第一一三三号昭和四六年一二月二二日東京高等裁判所第七刑事部判決は、一審判決が、税務署長の青色申告承認の取消による増減額は「逋脱犯成立後の税務署長の取消処分という後発的事情によるものであるから、もつぱら租税行政面における問題であつて、逋脱犯の成否、逋脱結果の範囲には影響をおよぼさないと解すべきである。」として、青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額を逋脱所得算定の際加算しなかつたことを誤りであるとする検察官の控訴趣意をいれたものであるが、判示中に東京地方裁判所昭和四四年五月二九日の判決(東地昭和四一年特(わ)第三〇三号)中の「青色申告書の提出承認の取消処分は、第三者たる税務署長のなす行政処分であつて、納税者に法令の義務違反があつた場合、自然発生的にその効果を生ずるものではなく、また本件の如き逋脱犯は、法定の納期を経過することによつて既遂に達すると解されるところ、このような処分は通常その納期を経過した後に行われ、これが当該事業年度まで遡つてその効果を生ずるものであるが、税務署長の右取消処分は、納税者の法令義務違反という厳格な要件に該当することによつてはじめて許される処分であるから、納税者の義務違反行為とその取消処分に基づく効果との間には、刑法上の因果関係を認めるのが相当であり、さらに犯罪の結果の大小は、既遂に達した時点において確定するものではなく、裁判時を基準としてその行為と因果関係が認められる範囲において認定すべきものであるから、裁判時までに取消処分がなされておれば、この処分に基づく効果をもその結果として認定するのを妨げないのである。」との判旨を引用して

「当裁判所としても、右判旨に賛成するものであり、又犯意の点について考察しても、過少申告による法人税逋脱罪の犯意は、不正の行為による所得を過少に申告し、その結果国の法人税の収納を減少せしめるに至るべきことを概括的に認識するをもつて足りるものと解すべきものであるところ、被告人において右概括的認識をもつていたことは関係証拠に徴し明らかであるところであるのみならず、同被告人は、被告会社が青色申告の承認を得ていたこと、不正を行なえばこれが取消されること及び本件申告の際にも、もし将来不正が発覚すれば、これを取り消されることを認識していたことが認められるから、被告人の本件犯意は優にこれを肯認し得るのである。」として一審判決を破棄し、青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額を逋脱所得算定の際加算すべきことを認めている。

以上掲記の各東京高等裁判所判決は、青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額を逋脱所得算定の際加算すべきであるとの判断をしているが、その論拠として、前掲一の昭和三九年三月二六日東京高等裁判所第一〇刑事部判決が、不正な申告をすれば青色申告承認が取り消され、これにより特典を失うことを認識していたもので、取消によつて生じた所得増加分に対する未必的犯意があつた点に重きをおいているほかは、いずれも、過少申告による逋脱罪の犯意は偽りその他不正の行為により所得を過少に申告して国の法人税の収納を減少せしめるに至るべきことを概括的に認識することをもつて足りるとし、ことに青色申告の承認が取り消され、特典の否認による所得額増加分についての個別的認識を必要としないことを挙げ、前掲二の昭和四四年一月二一日東京高等裁判所第一二刑事部判決および前掲四の昭和四六年一二月二二日東京高等裁判所第七刑事部判決は、これに加えて逋脱の不正行為と青色申告承認の取消との間には刑法上の因果関係が認められることを掲げている。

そうだとすると、本件においては青色申告の承認をえていた被告人内田渙一郎は昭和四三年分所得税確定申告に当り貸倒引当金繰入額五、七七三、八九九円および価格変動準備金繰入額二、九六一、〇〇〇円を必要経費に計上し、同じく青色申告の承認をえていた被告会社が本件事業年度の法人税確定申告に当り価格変動準備金積立額九〇〇、〇〇〇円を損金に計上していたが被告人内田渙一郎において、自己の所得税を免れるため売上の一部を除外するなどし、あるいは被告会社の業務に関し法人税を免れるため架空経費の計上などを行ない、いずれもその帳簿書類に取引の一部を隠ぺいまたは仮装するなどして所得を過少に申告したのであるから所得税法一四八条または法人税法一二六条の義務を履践せず、青色申告の特典を主張し得ない状態にあつたものというべきであつて、その当然の結果として所轄税務署長によつて、被告人内田渙一郎については昭和四六年二月二三日に昭和四二年分以降の青色申告の承認が取り消され、昭和四六年二月二四日にその旨同被告人に通知がなされ、被告会社については同年二月二四日に本件事業年度以降につき青色申告の承認が取り消され、同日その旨同会社に対して通知された結果、さきに提出した各青色申告書は青色申告書以外の申告書(白色申告)とみなされ、その効果として必要経費あるいは損金算入の特典が確定的に否認されることとなつたものであつて、前記被告人内田渙一郎の各不正行為と各青色申告承認の取消との間には相当因果関係があり、しかも、本件のような場合青色申告の承認が取り消され貸倒引当金の繰入額など必要経費あるいは損金算入の特典を受けられなくなるであろうことは一般に予見しうべきことであるし、とくに本件行為者は本件起訴にかかる確定申告以前から不正な方法を講じていたものであるから、右のような不正行為が税務当局により発見された場合は、前記のように特典が受けられなくなる結果、将来必要経費あるいは損金算入が否認されるであろうことは当然に予測していたものといわねばならない。

したがつて、本件については、前掲一ないし四の各東京高等裁判所の判例と同じく、青色申告承認の取消に基づく所得の増加分を逋脱税額算定の基礎とすべきであつたのに、これを認めなかつた原判決は、右東京高等裁判所の判例と相反する判断をしたこととなり破棄を免れないものと信ずる。

第四 法令違反

原判決は、青色申告の承認が取り消された結果、さきに青色申告の特典として確定申告の際必要経費あるいは損金に算入の処理をしていた価格変動準備金などが否認されることとなり、その分だけ所得額が増加し、この増加した分に応じて税額も増加したとしても右増加分は、既に納付期限の経過により既遂に達した逋脱犯の成否および逋脱結果の分量に影響を及ぼすものではないと解したのであるが、これは、明らかに所得税法二三八条一項および法人税法一五九条一項の解釈を誤つたもので、その理由は以下述べるとおりである。

一 原判決が、過少申告による所得税および法人税逋脱犯の成立(既遂)の時期を納付期限経過の時とし、逋脱犯の量(逋脱税額)は、その時点における納付すべき正当な税額と確定申告にかかる税額との差額によつてきまり、この時点で確定する。その後になつて、すでに成立した犯罪の量が増減したりするというようなことはあり得ないとしている点および右の青色申告の取消によつて生じた増加所得額(これに応じ増加した税額)は、単なる徴税上の問題にすぎないとしている点は、逋脱犯の本質の解釈を誤つた独自の見解であつて、到底容認することはできない。

逋脱犯は、所得税法二三八条一項および法人税法一五九条一項にそれぞれ「偽りその他不正の行為により税を免れた」とあることに徴し明らかなとおり、「租税を免れる」ことにより成立する結果犯である。逋脱犯の実行行為である不正行為と逋脱額との間に因果関係が認められる限り不正行為者はその額全部について刑責を負うべきものである。また、逋脱額について、原判決が、犯罪が既遂に達した時点において確定するものとしているのは誤りで、裁判時を基準として認定すべきものである。いいかえれば、逋脱額は、あくまでも、裁判時における国家の課税対象となるべき正当な所得額を基準として算定さるべきものであつて、この正当所得は、納税義務者のあげた利益を基礎としてこれに税法の規定による所要の調整を加えて算出されるものであり、売上の除外・架空仕入の計上等の不正行為に直接起因する所得は勿論、青色申告承認の取消によつて生じた所得増加額もふくまれるのである。

これを逋脱犯の犯意の面から考察するに、当該年分あるいは当該事業年度の正当所得額(正当税額)に比し、過少な所得(税額)を確定申告書に記載して申告し、その増差額について税を免れるとの概括的認識をもつ限り、終局的計算において確定された正当額と申告額との増差額全額について犯意があるものというべきであつて、その増差額の形成原因である取引のすべてにつき個々的に逋脱の認識をもつことまでは必要でない。

なお、かりに逋脱の犯意は個別的であることを要するとの見解をとるにせよ、本件は所得税を逋脱する準備として売上の除外、架空仕入の計上など青色申告承認の取消原因となる帳簿の不実記載行為を行つているのであるから確定申告の時に青色申告承認の取消による所得増加についての犯意をも認めることができると思料する。

二 原判決は、青色申告承認の取消に基づく特典の否認によつて生じた所得額(ひいては税額)の増加分は、これを逋脱額に含めるべきではないとする論拠の一つとして「青色申告の承認を受けた者が確定申告をする際、価格変動準備金繰入額などを必要経費あるいは損金に算入することは法令上認められた行為である」旨判示し、青色申告の承認を受けた者に許された無条件の当然な権利行使の如く解しているものと受けとれるのであるが、これは、特典の亨受が、青色申告の承認を受けた者に課せられた義務の履行を条件とし、正しい申告を前提としていることを没却した不当な解釈というべきである。

申告納税制度は、税務当局の賦課処分によつて租税債務が確定する賦課課税制度と異なり納税者が自主的に申告して納税する制度であり、正しい申告がなされることが前提条件である。

特に、申告納税の適正を期するために設けた青色申告制度にあつては、法は納税義務者に対して正しい申告をすることを一段と強く要求し、所定帳簿への真実記載などを義務づけるかわりに、義務の遵守者には減税措置などの特典を与えるという仕組をとり、右義務に違反して取引を隠ぺい・仮装する不実記載などの行為をしたときは、その行為をした当該年分または事業年度分まで遡つて青色申告の承認を取り消しうることとし、右取消があつたときは、当該申告者の提出にかかる青色申告書は青色申告書以外の申告書とみなすこととして、取消による所得額の増加分は国家の課税すべき正当所得額の算定に含めることを規定(所得税法一五〇条、法人税法一二七条)しているのである。

法は、特典の行使(亨受)を無条件に認めているのではなく、義務の履行にかからしめており、また、その義務違反を理由に行なう取消処分の効果も過去に遡及してすでに亨受した特典を失効させるという特別の効果を認めているのであつて、課税の公平を基本とする税法においてはけだし当然の措置である。わが国では、いわゆる白色申告が原則であり、青色申告は例外であることからしても、青色申告の承認が取り消されて、白色申告の原則にたちかえつた以上は、白色申告の場合と同一の税額、すなわち、右取消によつて増加した税額を加えたものが本件被告人あるいは被告会社の納付すべき正当税額でなければならないのである。

原判決が、青色申告の承認を受けた者の義務違反の有無および申告の正不正を区別することなく、「価格変動準備金などの必要経費あるいは損金算入は法令上認められた行為である」とし、これをもつて、軽々に必要経費あるいは損金算入を否認されて生じた所得額(税額)を逋脱額に加えるべきでないことの論拠にしたことは、明らかに誤つており、青色申告制度を悪用した不正な納税者を不当に優遇するものであつて、この制度を設けた法の趣旨に反する。殊に、青色申告制度により、一応所定の帳簿組織を整えると税務職員による調査も青色申告者を信頼して比較的簡単にすまされるのが現実であるうえ、各種の特典もあるので、納税者中にはこの両面の利点を利用して逋脱を図ろうと考え青色申告の承認を受ける者もある。もし原判決の理論によれば右のような青色申上を脱税目的に利用する悪質な者に対しても、事前に青色申告承認の取消が行われなければ右の特典を利用した脱税行為を逋脱犯として追及し得ないこととなり、不合理といわざるを得ない。

以上詳述したとおり、原判決は所得税法二三八条一項および法人税法一五九条一項の解釈を誤つたものであり、その法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

よつて、刑事訴訟法四〇五条三号および四一一条一号により原判決は破棄を免れないものと思料し、本件上告に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例